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赤痢菌(シゲラ Shigella)
赤痢菌はグラム陰性の短桿菌で、鞭毛はありません。A群からD群の4菌種(志賀赤痢菌Shigella dysenteriae、フレクスナー赤痢菌S. flexineri、ボイド赤痢菌S. boydii、ソンネイ赤痢菌S. sonnei)に分類され、腸管侵入性大腸菌とともに細菌性赤痢の原因菌として知られています。赤痢菌の主な宿主はヒトであり、患者の糞便によって直接・間接的に感染します。先進国においては衛生環境の向上や抗生剤の普及により細菌性赤痢の脅威は少なくなってきていますが、発展途上国では乳幼児を中心に年間100万人近くが死亡しています。また、近年多剤耐性赤痢菌の感染症例が増加しており、抗生剤による治療が困難な場合が多くなっています。感染菌量は10 ~100個と極めて少なく、潜伏期間2、3日で発症し、全身の倦怠感、悪寒を伴う急激な発熱、水様性下痢を呈します。その後、腹痛、しぶり腹、血便などの赤痢症状へと進行します。
口からに体内に入った赤痢菌は腸管へと達した後に、腸管上皮細胞に侵入します。細胞に侵入した赤痢菌はファゴソームを破壊して細胞質へと脱出し、細胞質内で増殖しながら菌体の一極にアクチンコメットを形成し、細胞内を移動します。運動する赤痢菌は偽足を形成し、突出した偽足は隣接細胞に取り込まれ、再感染することで、次々と感染を拡大させます。このような赤痢菌感染の各段階において重要な役割を果たすIII型分泌装置や、そこから分泌されるエフェクターの多くは、赤痢菌の持つ約220kbの大プラスミド上に存在する31kbの病原性遺伝子塊にコードされています。赤痢菌のエフェクターは40種類以上あり、一部のエフェクターについては近年その機能が明らかされ、宿主の細胞骨格の再構築を伴う貪食誘導、炎症反応の抑制、細胞死の抑制、細胞内膜輸送やオートファジー抑制、細胞接着の増強や細胞周期の抑制による増殖の足場確保など、赤痢菌の感染過程で重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
小川道永(東京大学医科学研究所細菌感染分野)
- ◆ ファゴソーム
- 赤痢菌などの細胞侵入性細菌が細胞内に侵入した直後に取り囲まれる食胞などの膜構造。
- ◆ 偽足
- 赤痢菌が細胞内運動時に形成する一時的な突起構造。
- ◆ アクチンコメット
- 赤痢菌やリステリア菌などは、哺乳類細胞の細胞質に脱出後に、菌体の一極にアクチンの凝集束を形成し、その推進力で細胞内を運動します。その時に形成されるF-アクチン凝集束が彗星(コメット)の尾の形に似ていることから、この名がついた。
- ◆ III型分泌装置
- グラム陰性の病原細菌に広く見られる、鞭毛を起源とする分泌装置。細菌の細胞質から哺乳類細胞などの宿主の細胞質に直接タンパク質などを注入することが出来る。
- ◆ エフェクター
- 主にグラム陰性細菌のIII型分泌装置から分泌される病原因子。宿主の高次機能を制御・脱制御・促進・抑制など様々な形で修飾することで病原細菌の増殖・感染に有利な環境を作り出す。その発現・分泌のタイミングは高度に制御されている。
- ◆ オートファジー
- 酵母からヒトまでの真核生物に保存されているタンパク質分解機構。アミノ酸飢餓により誘導され、自己のオルガネラなどをバルク分解し、そこから得たアミノ酸をリサイクルする機構。自食作用とも呼ばれる。ミスフォールドした異常なタンパク質、脱分極したミトコンドリア、細胞質内に侵入した病原細菌を選択的に排除するなど、生体の恒常性維持に関与している。